心と体の痛みのお部屋 管理人エリーの日記です。


by elly_mylove
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カテゴリ:オーストラリアの思い出( 12 )

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1月2日に帰国して以来大忙しなので、日記など書く余裕もない毎日が続いている。
しばらくするとこの忙しさにまぎれて忘れてしまいそうにな気がするので、書いておこうと思う。
シドニーで最後に見たニューイヤーの花火のことだ。

毎年大晦日には、シドニーでとても有名なオペラハウスをハーバーブリッジに臨む海辺でとても有名な花火大会が行われる。
ブリッジの北側の海辺に近いサバーブに住む我が家では、
朝から場所をとりにいってその夜は海岸沿いでワインを飲みながら花火見物をするのが定番なのだが、去年でそれは最後だった。
最後だから特別に思いいれがあったせいか、いつにも増して切なく美しい夜だった。


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その日は朝から車を飛ばして、海沿いの一番美しく花火が見える斜面に敷物を敷きに行く。
オペラハウスとハーバーブリッジを見下ろす小高い丘の上にある閑静な住宅街の前の芝生に、
こうやってみんな場所をとるために昼間から待っている。我が家は朝早起きして場所をとったあと、4時ごろから待機していたが、
昼いっぱいここでバーベキューをしていた人もたくさんいて、夕方にはそこいらじゅうが明るい酔っ払いでいっぱいだった。

この写真のバックにある高級アパートメントがわかるでしょうか。海沿いの、ウォータービューのある家賃の高いお部屋なのだけど、
こんないいところにあるお部屋でも、一部屋120平方mは確実にあって、日本のワンルームマンションは3つくらい入ってしまうのだから、
やっぱりこの国はとっても豊かな国なのだ。

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ワインを飲みながら時間をたつのを待っていると、やがて海辺が夕日で赤く染まって、ブリッジの向こうに日が沈む。サマータイムなので、
まだこんなに明るくても8時なのだ。おにぎりや玉子焼きの幕の内弁当のような夕飯を食べて、ワインをちびちび飲みながら花火を待った。


午後9時。あがった花火は圧巻だった。


初めてこのニューイヤーの花火を見たのは4年前。

エンディングにはブリッジをライトアップする豪華さにため息が出たものだった。花火といえば日本が本場で、
この国の花火なんてあんまり期待はしてなかったのだけれど、どうして見事なものだった。多分、安全基準とか何とか、
その辺が日本より緩やかなのではないだろうか。豪華絢爛で、規模が大きいのである。夜空が日本ほどごちゃごちゃとしていなくて、とても暗い、
ということもあるのかもしれないが、心の奥にまで鮮やかな一瞬の芸術が染みとおってくるような感じで、
たくさんの人と一緒にこの場にいられたことがしみじみと光栄に思えたものだ。

オーストラリアは、統計をとるといつも世界で一番住みやすい国の1位か2位にあげられるけれど、確かにこの国にいると、
神様に感謝したいような美しさとか、平和さとか、おおらかさとか、今ひととき、確かに私は生きている、
といいたいような感動の一瞬がよくあった。

私の体が癒されたのは、だからきっとお薬の力だけではなかったのだろうと思う。


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これがエンディングのブリッジの仕掛け花火。

豪華な打ち上げ花火のあとは、ブリッジが夜に浮かび上がり、ニューイヤーのカウントダウンを回りの人と声を合わせて数えたあと、
ハッピーニューイヤー、と見ず知らずの人と乾杯する。


シドニー最後の大晦日が、気持ちよく晴れた日で本当に幸福だったと思う。


 


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by elly_mylove | 2005-01-20 20:03 | オーストラリアの思い出

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ちょっと季節外れになってしまったが、遅ればせながらクリスマスホリデーの顛末機を書こうと思う。
上の写真はホリデーを過ごしたハンターバレーのリゾートのコテージの前だ。2ベッドルームのコテージは、広大なハンターバレーのはずれ。
プライベートゴルフコースの真ん中にあって、リゾートにはこのゴルフコースとテニスコートとプールがついていて、
広い広いコテージのバックヤードにはすばらしいプライベートバーベキューセットがあり、そうしてゲストは・・・・誰もいなかった。


"http://www.lastminute.com/site/travel/holidays">http://www.lastminute.com/site/travel/holidays

このサイトをご存知だろうか。

ラストミニッツ・ドット・コムといって、直前にホテルやチケットを予約するのに役に立つサイトだ。たいてい、
直前のキャンセルを埋めるために出されるので、バーゲン価格になっていることが多くて、
上手に使えばすごく安く予約できるお得な旅が楽しめる。我が家がこのページを使うのは初めてだったけれど、
クリスマスの2日前に突然思い立って予約をしてみた。シドニーで過ごせる最後のクリスマス、例年クリスマスはホテルが高いので、
地元シドニーにいてダーリングハーバーのクリスマスツリーを見に行ったり、クリスマスキャロルを見に行ったりしていたのだが、
今年は最後の思い出にハンガーバレーにいってみようと思い立ったのだった。


サイトで検索してみると、果たしてハンターバレーのリゾートで空室のあるところはいくつかあったけれど、
その中でもホテル形式ではなくて完全自炊とバーベキューのできるこのコテージが目に入った。空き室は2部屋だけと書いてあって、
家族連れで楽しめそうな雰囲気である。予約することにした。


着いてみてびっくり・・・・。なんと、このコテージは、空き室2部屋、なのではなくて、もともと2棟しか建物がなかったのだ。
もう1棟は何家族も合同でとまれる広いもので、別棟に住んでいるオーナー夫妻が細々と経営する民宿風のホリデーアパートだったのである。
おまけにこれは大きな誤算だったのだが、クリスマスホリデーは日本のお正月のようなもので、国民の休日。
ハンターバレーのワインテイスティングも、レストランも乗馬のアトラクションも、気球のアトラクションも、
近隣のすべての催しものも当日は全部休みになってしまうという。なんと24日の夕方着いた私たちを迎えたオーナー夫妻までが、
にこにこしながら、

「今年はゲストが少ないから、ニューキャッスルにいる娘のところにとまることにしたの。勝手にやっててね。」
と最低の料金を私たちから受け取ると、車をとばして出て行ってしまった。なんと、広大なゴルフコースの真ん中に、
家族3人がぽつんと取り残されてしまったのだった。そうだ、ここはオーストラリアだ。お正月こそかきいれどき、
日本のレジャー産業に慣れている私たちは、レジャー施設がホリデーに休みを取る、なんて発想はなかったのである。うーん・・・・。


仕方がないので、近くの町まで大急ぎで車を飛ばして食料を買い込み、3食バーベキューのひきこもりホリデーとなった。
なんだかホリデーというよりは仮設住宅で緊急食料を食べているような心境で、3人だけのぼつんとした休日を過ごしたのだが、
これを外してしまった、とみるのが正しいのか、ゆったりとしてすばらしい休日だった、と見るのが正しいのか。
残念ながら我が家はゴルフはしないので、細々と家族でテニスをするのみ。あとは何もすることがなくただただ平和なクリスマスだった。


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さて、次の日のボクシングデーにドライブしたハンターバレーのブドウ畑。秋の実りのシーズンを前にぶどうがちょっと色づいていた。
かわいらしいでしょう?さすがに本場のワインはとってもおいしくて、帰りの道では思い切りワインを飲んでしまった。
地元ではものすごく安いワインをたくさん仕入れることができるのである。

ブルーマウンテンもそうだけれど、オーストラリアの有名なリゾートは、ここがヨーロッパの人々の植民地だった名残りだと思うのだけど、
とことんヨーロッパ風な森の中のような雰囲気が残っている。日本でいうと、軽井沢の別荘地のような雰囲気。
ペーパーツリーといわれる白樺によく似たまっすぐな樹木と、高原を渡るさわさわとした風と、広々としたワイナリーの眺めは、
やっぱりとても美しかった。


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シドニーに行く機会があったら、皆さん是非足を伸ばしてみてください。


ところで、私は首を痛めたとき、ある整形外科のドクターから、
ゴルフやテニスなど器具を使うスポーツはあきらめるように言われたのだった。
だからゴルフもシドニーにいる間にレッスンを受けてとってもやってみたかったのだがあきらめたのだった。
プライベートゴルフコースに泊まっていたら、プレイできないのがとても残念だった。頚椎ヘルニアがあると、
ゴルフはやってはいけないという医学的エビデンスってあるかしら。加茂先生に相談してみようかな。


 


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by elly_mylove | 2005-01-12 23:19 | オーストラリアの思い出

大泣きお別れ会

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先週のフェアウェルウィークで一番悲しかったのはなんと言っても私の送別会だった。こういう時っていつもそうなのだが、
もう40歳も半ばだというのに恥ずかしくも私は大泣きしてしまってみんなにわらわれた。でも、これが泣かずにいられようか。
日本にいたころは寝たり起きたりだった私が、シドニーで奇跡的に回復して2年近く。一念発起して始めたテニスクラブのお友達は、
もう私にとって一種特別な思いいれのあるお友達なのだ。


送別会は、シドニーのノースショア、マンリーの端っこのちいさなシェリービーチという海岸の小奇麗なレストランだった。
4年も住んでいるのに一度も行った事がなくて、散々車で道に迷ってしまったのだが、とうとう着いたときには結構感激してしまった。
これはもう何と言ったら良いのだろう。プライベートビーチ、とでもいいたいような小さな小さなかわいらしいビーチの浜辺に、ル・
キオスクというカフェ風のお洒落なつくりのレストランがひとつ。このビーチに行くには、
複雑に入り組んだリアス式海岸のマンリービーチの岬を上がったり下がったりしてドライブしながら、
やっと見晴らしのよい崖っぷちにたどりついてまず車を止める。
それからうっそうとした緑の中を狭くて急な石段をひとつひとつ降りていかなければならない。そこから、
ふっと目の前に開けた小さな砂浜越しに眺める海は、まるで湖のように静かでプチ・リゾートといった雰囲気なのである。
シドニーはとても複雑な地形の町だから、こういう可愛らしい人知れぬビーチはたくさんあって、その周りにはビーチを見下ろす崖の上に、
底知れぬお金持ちの豪邸が立っているのが普通なのだが、とにかくそんなめちゃくちゃお洒落なビーチのそれはそれは可愛いレストランで、
ワインとおいしいお料理とみんなの顔を見ていたら、こんな生活はもう一生出来ないんだ、この人たちとはもう会えないかもしれないんだ、
という気持ちがしみじみとわいてきて、涙がとまらなかった。

b0014416_2038989.jpg思えば2年前、おそるおそるテニスを始めたころは、まだ痛みがなんとなく残っていて、
寝たきりから脱して間もなかったから運動をするのが怖かった。会費を払うのもいっぺんには払えなくて、
いつ倒れてもいいように一回一回現金でビジター扱いで払っていた。それが、大丈夫よ、やれるわよ、と叱咤激励してくれる良いお友達に囲まれて、
楽しくて楽しくて、はっと気づいたらメンバーになってコンペに出るようになっていたのだ!!人生って本当に不思議だ。


ちょっと自慢してしまおうかしら。実はこのたびのテニスはコンペで準優勝してトロフィーを頂けたのだ。ダブルスだから、
ボレーの上手な私のパートナーのおかげということもあるのだけど、これが最後と思うとひとしお嬉しかった。


あと10日もすると日本に帰国である。


一時帰国でまた2月の中旬には戻ってくるけれど、3月末の年度末には4年にわたるシドニーでの生活を引きはらって、
また日本に腰を落ち着けることになる。


ここで過ごした様な日々や、出会ったような素晴らしい友人にまた出会えるだろうか。なんだか、自分の国に帰るというのに、
今ちょっとおセンチで不安になっているのだった。


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by elly_mylove | 2004-12-22 20:26 | オーストラリアの思い出

思い出の1週間

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月曜日14日から始まった1週間は、私と娘のフェアウェル・ウィークだった。
目の回るほど忙しい1週間がやっと終わってやっと一息ついた。

何から書き始めたらいいのだろう。
やっぱりこれかしら。

木曜日は、娘の通っている現地校のフェアウェル・ディナーだった。


日本では卒業式の謝恩会にあたるのだろうか。
小学校で、こういう催し物があったかどうか私が自分の頃の記憶は無いのだけれど、
現地校のうのフェアウェール・ディナーはなかなか面白かった。
それぞれ年毎に、ディナーのテーマがあるのである。今年は、ハワイアンだった。
会場のフォールの飾り付けも、先生がたの衣装も、ヘルパーのお母さんがたのお洋服も、
ドリンクや食べ物も、みんなハワイアンだ。
子供達はドレスアップして、それぞれ会場に集まり、音楽に合わせてダンスを踊ったり、
皆でそれぞれを話をしたり、フォーマルな時間までは楽しく過ごす。
b0014416_23274521.jpg8時半にセットされたペアレントの着席からしばらくすると、
この日のために編集されたビデオやスライドが、始まった。
日本のように、卒業式の謝恩会と言ってもフォーマルな雰囲気はまるでなく、
皆伸び伸びとしている。なんて説明したらいいだろう。
カジュアルなレストランで行われた若い人たちの結婚披露宴の雰囲気という感じだろうか。
中でもいちばん面白かったスライドは、卒業する子どもたち一人一人の今の写真と、
幼稚園の頃の写真を並べて写したものだった。
おそろしく変わっている子もいれば、全然変化のない子供も入って、それぞれの表情も可愛らしく、会場は爆笑の渦に包まれた。

終始和やかな雰囲気の中で、校長先生から、卒業アルバムと記念のボールペンを渡されて、
それぞれにアルバムにサインをしあったり、写真を撮ったりする子供達は、
これからそれぞれハイスクールに行くんだ、という新しい希望に満ちあふれているようで、
何ともはつらつとしていて、見ていてとても気持ちがよかった。
b0014416_23303393.jpg女の子達は、その日は特別にメーキャップする。
10歳ぐらいから、フォーマルな時にお化粧する女の子めずらしくないので、
見慣れてはいたけれど、改めて、白人の子供は10代がとてもきれいだなと思う。

ところで、何か催しものがあると、いつでもそうなのだけれど、この日も私はを寿司を作る係りだった
家を出るときに、大量のお寿司を家から車に運ぶために、車を開けたまま、家の鍵も車の鍵も持たずに往復していたら、娘が途中でうっかりドアを閉めてしまい、鍵を持たないまま
家からも車からも閉め出されてしまった。(オーストラリアの家というものは、どれもこれもホテルのように自動ロックなのだ)
どうしよう。とパニックになって、近所を駆け回って、タクシーを呼んでもらい、
そのままお寿司の重箱と、その時持っていた最低限の荷物を持って会場に駆け込んだ。
時間に少し遅れてしまったので、慌ててホールに入ると、
ヘルプのために少し先に来ていたお母さんがたが、どうしたの心配していたのよ、と口々に言ってくれた。
お寿司を運んでいたら、うちからも車からも締め出されたのよと、事情を説明すると、みんながよかった。
交通事故かと思ったわ。と言ってくれて、なんだかとても嬉しかった。

この学校に、入ったばかりの頃は、娘も英語ができなかったし、私もなれなかったので、
必死に、環境になじもうとして自分にできることなんでもしようと、ひたむきに、頼まれるたびに、
お寿司を作ったものだった。
それでもあんまりみんなの中に入っている気がしなくて、娘が、誕生パーティにおよばれしたりすると、
卑屈なくらいうれしくてたいそう高いプレゼント持って行ってしまったり、なんだか
一生懸命さは空回りしてるようなところがあったけれど、いつのまにか、ごく普通に、いなかったから
心配したのよと言ってくれるようになっていたのだ。そう思うと、ふと涙が出てきてしまった。
娘といっしょに、私の心にも卒業証書をいただけた気がしたのだった。

いつのまにか、この国で4年も過ごしていたのだ。

もうすぐ帰国だと思うと、すべてのことがかけがえのない、懐かしい思い出だとしみじみ思った。
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by elly_mylove | 2004-12-18 23:33 | オーストラリアの思い出
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ダーウィン市内から車を飛ばして3時間。リッチフィールド国立公園までドライブした。
この国立公園はやっぱり手付かずの熱帯の自然が沢山残っている。どちらかというと平たい平原や湿地帯がたくさんあるカカドゥと違って、ここは山がちで滝や絶景の崖がたくさんある。沢山ある美しいや小川を一つ一つ見て回って、淡水の中で泳ぐのが楽しみだった。

写真はフローリートという滝ツボにある泉。ものすごく水がきれいで、透き通っていてみんな泳いでいるけれど、多分この水は飲めるのだと思う。自然の中に出来たプールで泳ぐ気分は格別だった。
魚も沢山いるのだけど、全然逃げない。むしろ、べたべたよってくるので一緒に仲良くおよげるのだ・・・。温泉気分でつかっていて、とっても気持ちよくて楽しかった。
こんなきれいな泉で泳いでいると、本当に、旅に出てきたんだなぁ、というしみじみとした気持ちになる。

b0014416_20135271.jpg国立公園の帰り道、クロコダイルパークに行く。何十種類のワニの顔をまた見る・・・。もう、ワニは一生分見たぞ!!と思ってややうんざりしていたら、この動物園にはトラもライオンもチータもいて、しかもそれらの動物がちが、ものすごく近いのだ。こんなにたくさんの動物をアップで見たのははじめてでまたもや感激する。ワニなんて、金網ごしに10センチの距離まで近づけるので、なんだか危険な動物と言う気がしなくなってしまった。

娘と私は、このスケールの大きな自然が横たわる熱帯の町がかなり好きになった。
オーストラリアはほとんど全土回ったけれど、ダーウィンは結構楽しいところだった。
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by elly_mylove | 2004-10-20 20:19 | オーストラリアの思い出
カカドゥ国立公園のツァーから再びダーウィンに帰った次の日、かの有名なジャンピンググロ子だイルのクルーズに参加した(したと思っていた。)
ジャンピングクロコダイルというのは、ダーウィン近郊の川をクルーズしながら、水面にお肉をつるしてワニをつる。毎回ワニがお肉をもとめてすばらしいジャンプを見せるというすばらしいアトラクションで、ダーウィンにきたら一度は行かなくてはならないというかの有名なイベントである。
我が家では、その日レンタカーを借りてツァーではなくて個人で参加するはずだったので、予約時間を確かめにシティのインフォメーションに行ったところ、2時半だと言われる。
車を借りたのは昼前だったが、初めての場所なので取るものも取り合えず地図をみていってみることにする。
市内からスチュアートハイウェイをまっすぐいったところ、左側にジャンピングクロック、という看板があった。やった!
ここに違いない。
なんだかやけに細い道を山奥まで入っていくような気がしたが、とにかく標識と看板を信じてまっすぐいってみる。舗装道路でもない、こんなマイナーな道で、大きなガイドツァーのバスが入れるのだろうか・・・と一抹の不安を感じながら、とにかくも進んでみると、突き当たりに掘っ立て小屋があった。
「これ・・?」
家族3人で下りてみると、バラックの掘っ立て小屋で確かに20人あまりの観光客が集まってお金を払っている。
「ジャンピングクロコダイルってここですか?2時半って聞いたんですけど。」
「いや、1時だよ出発は。君たち運がいいよね。あと2分で船が出るよ!」という。
聞き間違えたのかしら。たしかに2時半って言ったはずなんだけれど。でも、この炎天下1時間半も待つのは大変だから、この船に乗ってしまおう、と家族3人で打ち合わせ、30人ほど乗るといっぱいになる粗末な船に乗り込むことにする。

まもなく、船は川に乗り出した。
しばしガイドさんの説明を聞いていると、早くも、やった!ワニがやってきた!

「あのワニは、オスだよ。長年のつきあいになるけど、すごくシャイなんでダイバーと呼んでいる。すぐもぐって顔を隠すんだ。」
ガイドの言葉どおり、まっすぐに顔を上げて泳がずにすぐに潜ってしまう。
やっと船のすぐそばまで来るのに数分かかる。

ガイドがお肉を水面に浮かべ始める・・・。
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身近で見るとわにってホントに不気味。
息を殺して待った瞬間、ジャンプ!みごとにジャンプしてくれた。
b0014416_19113113.jpgやったー!!船の中で歓声が上がる。すごい、ほんとにジャンプしたわ。
これがクロコダイルジャンプなのね。
いったいどこの筋肉をどう使うのかよくわからないのだけど、シンクロナイズドスイミングのお姉さんののように、優雅に華麗にジャンプするのだ。
このあと、数え切れないくらいのジャンプをみて、1時間半のクルーズではワシの空中肉キャッチ、も見せてもらって、満足して私たちは帰路についた。

ところが・・・・。
車の中で何気なく見たパンフレット。
元祖、有名ジャンピングクロコダイルはこちら、間違えないで、と書いてある写真には、2階建ての豪華客船と、客船の上から自らの手で綱の先に肉をくくりつけ、ワニつりに興じるお客さんの姿。美しい客船の中でカプチーノを飲みながら優雅にランチを食べたり、ワインを飲んでいるツァー客の姿が・・・。

やられた・・ガーん、本物はこちらだったのだ!!!
なんと、私たちは偽者のジャンプを見に行ってしまったのね?

本物のジャンプは、もっと華麗に、水面から完全にワニが浮き上がった上に、尻尾の先が30センチほども水面からあがるほど大きくジャンプしているのだ。何しろ2階建て豪華客船の上からお肉をつるしているのだから、その分高くジャンプしているのだった。

うーん、無念・・。やっぱり個人じゃなくて、ツァーバスで行くべきだったかしら。

がっかりする私に、
「ママ、そんなに落ち込まないで・・。ワニさん近くで見られたと思ったらいいじゃないの・・?」
おっちょこちょいで浮き沈みの激しい私と違って、冷静な娘のコメントだった。
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by elly_mylove | 2004-10-19 19:21 | オーストラリアの思い出
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ワニの形をしたホテルに泊まった次の朝。私たちはまたも早起きして高速バスに乗り込んで
国立公園の散策にでかけていった。
それにしてもすごい暑さで、強烈な日差し。
ここは熱帯なのだなぁ、とあらためて関心する。

昨日と同じように壁画をみたあと、やはり昨日のようにクルーズの船に乗り込む。
でも、川は昨日の湿原をなだらかに下る浅い川というイメージと違って、ゆったりと幅も深さもあって、アマゾンのように雄大な感じの川だった。
この川はいったいどこまでつづいているんだろう?
国立公園、といっても車があれば数時間でくるりと回れる日本のような小さな保護地ではなくて、本当に広いのだ。
今日の川くだりのガイドはアボリジニと白人のハーフの若者。
川を下りながら、アボリジニの文化や生活習慣を話してくれる。
途中何度もクロコダイルにあう・・・。一匹目ほどの感動はないけれど、それでもあの不適な面構えを見るとなんだかひきつけられてつい見てしまう。b0014416_2283540.jpg
ガイドが目ざとくみつけて 川岸い船をよせた。
クロコダイルのベイビーだ!!
親と違って、小さいととってもかわいらしい・・・。
川底でこうしてじっとしていると本当に穏やかでおとなしい動物で、これが食物連鎖の頂点にたつ川の肉食獣だとはあんまり信じられない。
なんとなく、すぐに隠れてしまったりするところがはにかみやさんでかわいいのだ。


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休憩でよった岸辺で、ガイドの若者が火お越しの技を見せてくれた。

こんな豊かな土地で、何万年も、外の文明と接することなく静かに暮らしてきたアボリジニが、イギリスからの船をはじめてみたときはどう思ったんだろう。
カカドゥはあまりに広いので、バスに乗ったり、船に乗ったり、セスナ機に乗ったりしていろいろな見所を回っているのだけれど、こんなイメージのところ、と一言で言い表すことが出来ない。ただ、ひろいひろい熱帯雨林と大きな岩とワニの住む大きな川、赤土の台地の集大成なのだ。なんと言い表したらいいのか、こういう自然は・・・。
こんな広いところを旅したのは初めてだったので、ひとことでダーウィンのアイデンティティを現す言葉を私は知らなかった。

ただただ言葉もなく、大きな自然に包まれているだけだった。
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by elly_mylove | 2004-10-16 22:21 | オーストラリアの思い出
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クルーズを終わると、バスはカカドゥ博物館へ。
アボリジニの歴史と文化を伝える博物館だ。
上の写真は、このカカドゥ国立公園の中を流れる川の中に住んでいる、バラマウンディという大型の魚の模型である。
見るからに大味な感じ?その後ホテルで食事に出てきたが、白身で淡白な味だった。
何しろ雄大な自然で生き物もたくさんいるので、この魚はとても幼稚なつくりの網でわんさかとれるのだ。
この土地で自然とともに暮らしてきたアボリジニの人々は、今はオーストラリア政府から援助を受けて色々な場所に暮らしている。自分たちの文化を守ることを大切にしているので、今は文明社会に溶け込みながらも、まだ子供たちに自然の中で生きることを教え続けているそうだ。
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この写真はちょっとショックだった。食べているのは蛇かしら・・・。
生のまま飲み込んでいるのかしら・・・。
思いもかけないような砂漠の植物を薬草として使っていたり、とてもユニークな食文化をもっているのだけれど、蛇を食べることは知らなかった・・。











さて、夜は有名なカカドゥー・クロコダイル・ホテルに止まる。
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ワニの形をしているのがお分かりいただけるでしょうか?

黄色いのが目。出入り口が口。
外側が客室で、真ん中のおなかあたりにはプールがあるのだ。
こんなホテルにはもう泊まることはないだろう、と思った。
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by elly_mylove | 2004-10-14 19:31 | オーストラリアの思い出
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アボリジニの壁画を見学したあと、カカドゥハイウェイを南に下って、クーインダにつく。
ここからイエローウォータークルーズという、この国立公園の中でもそれはそれは大きな
大湿原をボートでわたるクルーズがあるのだ。
この日以降、この旅行では合計3回のクルーズに参加するのだけれど、どれも個性が
あった。このイエローウォータークルーズで楽しみだったのは、湿原に住む動物だちとの出会いだった。
写真は、川岸にたたずむ鳥・・。なんというのか、ガイドの説明は聞き逃してしまったけれど、
この手付かずの雄大な自然を残す川とその周辺は、オーストラリアでもこの地域にしかしない、土地の名前のついた鳥など、珍しい鳥が多い。

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1時間半のクルーズで、なにか珍しい動物に出会うたびに、歓声があがって、船を川岸のそばにつける。
私の持っている小さなデジカメでは、たいした写真はとれなかったのだけれど、この緑の湿原の向こうにいる
鳥は、灰色の鶴のような鳥。アップで見たい人はケンジさんのブログにいってね!

しばらく船を進めると、川岸にたくさんのはすの花が咲いていた。
はすの花って、もっと真っ白で高貴というか、ちょっとお高いイメージがあったけれど、ここカカドゥのはすは
ピンクでいかにも熱帯の花。キュートである。b0014416_2225283.jpg
ボートの片隅で歓声が上がる。
みんなが大騒ぎしだした。
いた!
クロコダイル。かなり大きい。
船をちかづけても悠々と泳いでいる。
目の前でみると、やっぱりいかにも人相が悪い・・・・。
この日からシドニー帰還まで、いやというほどのクロコダイルを見た私たち家族だったが、最初の一匹はやはり感激だった。
川の王者の風格である。
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イエローウォーターの大湿原。初めてみる広大な熱帯の自然だった。
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by elly_mylove | 2004-10-13 22:07 | オーストラリアの思い出
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2日目の朝早く、私たち家族はダーウィンのホテルを後にして高速バスでカカドゥ国立公園に向かった。。
カカドゥ国立公園というのは、ノーザンテリトリーでも大きな国立公園で、アボリジニの遺産がたくさんあるところだ。
オーストラリアらしい、んたくさんの自然が残っている、広大なレインフォレストや広い湿地帯にはエリマキトカゲなどのオーストラリア独特の野生動物が住んでいる。

高速バスで長い長いドライブの果てに、まずは私たちはノーランジーロックと呼ばれる
岩肌に描かれたアボリジニの壁画を見に行った。
アボリジニというのはオーストラリアの原住民。イギリスがこの国を植民地にするまで
4~5万年前からずっと住んでいた民族だ。
文字を持たない彼らが、次の世代に文化を伝えるために描いたもので、貴重な国家遺産といわれている。

写真は、クロコダイルダンディーの映画に出てきた岩山。
この岩肌には、遠方からみて初めて分かる巨大な壁画がある。

ガイドの案内に従って、ひとつひとつ壁画を見学した。b0014416_221298.jpg

これはアボリジニのダンス。







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こちらはカンガルー。

アボリジニは600もの言語を持つ住民なので絵にもそれぞれ個性がある。エアーズロックのそばで見た壁画と違って、
カカドゥで見られるこの壁画は、線が細くてくっきりしている。少し繊細な気がした。

だだっ広い高原と、ごつごつした岩。乾燥した風景。
ノーランジーロックでみたカカドゥの顔は、砂漠の中心にあるエアーズロックと似通っている台地だった。

明日に続く・・。
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by elly_mylove | 2004-10-12 22:17 | オーストラリアの思い出