心と体の痛みのお部屋 管理人エリーの日記です。


by elly_mylove
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認知行動療法について

今私の手元には、オーストラリアからもって帰った一本のテレビ番組のコピーがあります。
ADAPTと呼ばれる疼痛管理プログラムを特集した、ペインクリニック という20分の
ドキュメンタリーです。
番組の最後で、プログラムに参加した患者が、3週間のトレーニングを終わって開放された笑顔でパーティに参加して
ケーキを食べるところで終わっています。
患者である私が見ると、涙を誘うフィナーレです。

帰国前のブログで、ペインマネジメントセンターでそのプログラムを総括する教授の
インタビューを載せましたが、
そのころのことを思い出しながら、認知行動療法ってなんだろう。と
自分なりに考えてみたいと思います。




シドニーはロイヤルノースショアという美しい町にあるこのぺいんマネジメントセンター。
各診療科が協力をしてぺいんマネジメントにあたるこの施設で行われる3週間の疼痛管理プログラムは、
慢性痛患者のラストリゾートといわれています。
平均5年半の月日を治らないまま地元の医療機関や民間療法ですごした患者たちは、
この管理プログラムで最後のチャレンジをしますが、
そこでは、薬物をはじめ、一切の治療を手放します。
患者が回復する鍵となるのは、
運動療法と、そして認知行動療法です。

以前の自分が書いたブログですが、そのハイライトの教授のインタビューを引用してみます。

一番大切なのは、「起こりうる最悪のケースを具体的におしえてあげること」だ。
慢性痛の患者はいつも不安と恐怖に支配されている。
それがますます本人の肉体的、精神的なアクティビティを狭めている。
たとえば、ちょっと一日いつもより動いた日があったとして、
その次の日に、朝足がひどくしびれたとする。そうすると、
患者自身は、この痺れはなんだろう、
どこから来るんだろう、ひどくなったのではないか、
このまま麻痺してしまうのではないか、きっと昨日動きすぎたからだ、とおびえるんだね。
その不安が一番困るんだ。

だから、そういう不安を取り除くために、まずその患者一人ひとりに対して、
起こりうる最悪のケースを教えるんだ。あなたの疾患はこれこれで、ここが悪いの
で、こういう症状が出ているけれど、この病気は最悪でも疲れたときに筋肉痛やしび
れが一時的に起きるだけで、急に麻痺したり、それ以上痛みが進行したりはしない。
一時的な痛みは、必ず克服できる、ととても具体的に、科学的に教える。
患者は、長年つきあってきた病気のことでも、いろいろな医者からばらばらな見解を
聞かされるし、最悪のケースでどうなるという説明を受けないから、案外目に見えな
いものに怯えている。

これ以上は悪くならない、という下限と、けれども魔法のように痛みは消えない、
君が自分の意思で自分の痛みをマネジメントするんだという上限を正確に教えてやると、
ほとんどの患者は自分の痛みを受け入れて、うまく付き合えるようになるよ。




私は、これこそが痛みの認知行動療法のポイントの部分だとおもっています。



認知行動療法って、何でしょう。難しい心理学の用語です。

漠然として、つかみどころのない問いかけですが、
わたしは、素人にもわかりやすいたとえとして、

大昔の人の、皆既日食の話と同じだな。と感じているんです。

昔の人々は、皆既日食がなにをいみする現象なのかわからなかったので、
偶然目にすると神の怒りとして非常に恐れたそうです。
家の中にはいって一歩も出ずに、早く過ぎ去って欲しいと祈りながら、

ちょうどそのころ身近で悪いことがあると、きっとこの神の怒りのせいだ。と因果関係を信じながら、
不吉なことのしるしとして、恐れおののいていました。

けれど現在の科学が進歩した世の中では、皆既日食を恐れおののく人はきっとほとんどいないと思います。
一生に一度みられるかどうかという世紀のショーとして、みな楽しんでテレビ中継にかじりつきます。

現象は同じでも、正しい知識を得て、害がないもの。として心の中で無害化されると、
それに対するストレスや恐怖がなくなるので、
その現象自体が、自分の人生の中で恐れるに足りない、とても小さなものとして認識されてくる。

痛みが、相対的に自分の中で小さくなる。


痛みに対する認知行動療法は、これがとても大切なのだろうと思っています。

難しいことですが、きっとこれさえできれば、
何か難しい本を読んだり、特別な勉強をしたりする必要はないのかもしれません。

自分の抱えている痛みについて、

「そんなに怖いものではない。」
「自分でマネジメントできる範囲のものだ。」
「私には乗り越えられる。」という自信さえついて、

そうして痛みがあっても縛り付けられずに 運動をしたり、楽しみを見出して毎日を送ることができさえすれば
そうして、完全に治らないながら、制限つきながらもその人が自分なりの人生を悔いなく送ることができれば、
それで認知行動療法の役割は果たしたといえるのではないでしょうか。


そしてそのツールは一冊の本であるかもしれないし
掲示板でのやり取りかもしれない。
主治医をはじめとして、周囲の医療者からの助言で安心が得られることもあるかもしれません。
薬物をきっかけにして痛みがよくなって、もう一度動けるようになったことが自信につながった人もいるのだと思います。
画像ののろいから解き放たれることによって、
生き生きとした希望が戻って来た人も、たくさんいらっしゃるのでしょうね。

その人それぞれのやり方次第で
何か特定のプログラムに従わないといけない。というものではないのだと思っています。



ADAPTのプログラムの終わりに、患者はみな晴れ晴れとした笑顔で修了証書を授与されます。
学校の卒業式のように。

できればこんな風に晴れやかに、
学生時代の制服を脱ぎ捨てるように


痛みを手放せたらいいですね。。。
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by elly_mylove | 2007-01-27 19:42 | 痛みについて