心と体の痛みのお部屋 管理人エリーの日記です。


by elly_mylove
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疾患と自分を切り離すこと。自分を受け入れよう。

いきなりで唐突ですが、タイトルの疾患と自分を切り離す。ということは、
慢性の痛みを抱える私が、常日頃努力していることです。
ちょっと難しい概念かもしれませんが、努力して自分の気持ちを素直に書いてみようと思います。



痛みを抱える人たちは、みんなそういう傾向があるのですが、家族や他の人たちや、医療関係者に理解されないことで、心をどんどん閉じていくことが多くあります。
私もかつて、ずっとそうでした。
心を閉じて、いつしか痛みを抱えていることを、自分のせいだと思い込んで自分を責めてしまうことがよくあります。
それは、なぜなのでしょうか。長い間ずっと自分なりに考えて、いろいろな本を読んでいるうちに、私なりの答えを見つけました。

心理学で有名な実験なのですが。。。

詐欺でお金を失ってしまった人と
ギャンブルでお金を失った人と、他人からみた人間的価値はどちらが低いか。
これを、実際にアンケートをとって研究してみると、ちょっと意外ですが詐欺でお金を失った人のほうが、他の人からみると人間的な価値が低いということがあるそうです。

人は、自業自得の苦しみより、理不尽な苦しみのほうが怖いんです。
無意識のうちに、そういう怖い運を背負いこんでしまった人のことを、嫌ったり、避けたりする行動をとったり、「あの人は特別な人で、自分はああはならない。」と心の中で距離を置いてしまったりすることがあるんです。
とても理不尽ですが、人間はみんな、被害者が嫌いなんです。

同情よりも、嫌悪のほうが集まりやすい。人間の潜在意識の中にある、弱い部分がそうさせてしまうんですね。運悪く理不尽な苦しみを得ることは、みなにとって怖いことなので、いつしか人から避けられ、見下されていってしまうことがあるんです。

痛い人は、ただ痛いというだけで、周りの人から嫌われてしまう運命があるんです。
かわいそうだと思われるよりも、避けられてしまうことのほうが多いんです。

家族や、医療関係者や、職場の人たちの理不尽な無理解は、そんな人間の無意識から来ているのではないかな。長くこのことと向き合ううちに、私はこんな風に思うようになりました。
痛いということで自分を責めてしまいがちなのも、こういう周囲の人の潜在意識を、自分が同じように感じ取ってしまうのではないか、と・・・。

こんな風に感じるようになってから、私は、私自身を勤めて受け入れる努力をするようになりました。

痛いということのきっかけになった事故も、私の責任ではない。

長く痛みが続くという体質も、私の責任ではない。

インシュリンが足りなくて糖尿病になった人が、自分を責めなくていいように、セロトニンが足りなくて痛みを抱えたり、うつになったりしても、それは私の責任ではない。

疾患と自分を切り離して、せめて自分だけは、自分を受け入れてあげよう。

ともすれば自己嫌悪に陥ったり、自分を責めて我慢したりしてしまいがちな毎日に、人からはちょっと無責任に見えるかもしれませんが、
自分を受け入れて、自分を愛する努力をするようにしています。

ちょっととりとめもない書き込みですが、掲示板のやり取りから、ふっと文章にしてみた、私の気持ちです。
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by elly_mylove | 2006-04-17 23:35 | 痛みについて